不妊クリニックで不妊治療を受け妊娠した患者における風疹抗体価保有率について

Titer of Serum Rubella Antibody in Pregnant Women Conceiving at an Infertility Clinic.

ウィメンズ・クリニック大泉学園1)
Women’s Clinic Oizumigakuen1)

北里大学医学部 衛生学公衆衛生学2)
Department of Preventive Medicine and Public Health, Kitazato Medical School 2)

ランニングタイトル

不妊クリニックで不妊治療を受け妊娠した患者における風疹抗体価保有率について

連絡先

氏名:中尾 佳月
所属:ウィメンズ・クリニック大泉学園
住所:東京都練馬区東大泉1-27-19
電話番号:03-5935-1010
FAX番号:03-3923-5151
Eメール:kazuki.nakao@gmail.com

要旨

妊娠初期の妊婦が風疹ウイルスに感染すると、胎児感染により先天性風疹症候群(以下CRS)を発症することがあるのは周知の事実である。
風疹予防接種の最大の目的はCRSの予防であるが、予防接種の「空白世代(1979~87生まれ)」が妊娠適齢期を迎えつつある。
現在CRS発症の報告は年間数例であるが、今後の増加が懸念される。
予防には、妊娠成立後の周産期医の対応だけでなく、生殖医療医にも対応が求められる。
しかし、予防接種後2ヶ月避妊期間を要すことは不妊の患者にとって大きな心理的負担である。
生殖医療施設でもCRS予防に対する対応のあり方を検討する必要がある。
その際に前提とすべき事実を確認するため、2005年12月から2010年7月の期間に、当院で不妊治療を行い、妊娠が成立した875名に対して、妊娠10週から12週に初期採血をし、風疹抗体価(HI)を測定、分析した。
結果は、風疹抗体価が低い(16倍以下)症例の割合は全体の27%であった。
抗体価が低い症例の割合は、「空白の世代」では19.8%(17/86)で、「その他の世代」は28.1%(222/789)であり、「その他の世代」の方が高い傾向にあった。
35歳未満では24.3%(132/541), 35歳以上は32.0%(107/334)と35歳以上で有意に高かった。
「空白の世代」より「その他の世代」、特に35歳以上で抗体価保有率が低値であり、すべての不妊患者に風疹感染の情報提供を勧めていくことが大切であると考えられる。

緒言

妊娠中のウイルス感染症のうち、胎児への催奇性で最もよく知られているのが、風疹である。
風疹は風疹ウイルスによって引き起こされる感染性疾患である。
典型的な症例では発疹、発熱、リンパ節腫脹を伴い、通常は3日ほどで治癒する比較的予後良好な疾患である。
しかし、女性が妊娠中、特に妊娠初期に風疹ウイルスの感染を受けると、胎児に感音性難聴、先天性白内障、先天性心疾患などの障害(先天性風疹症候群)が現れる場合がある1)。
CRS発症のリスクは妊娠4-6週で100%、妊娠7-12週で80%、妊娠13-16週で45-50%、妊娠17-20週で6%とされている2)。
CRSは1999年から感染症動向調査に基づいて全例報告が開始され、2000年から2003年までは年間1例のみであったが3)、2004年には10例、2005年には2例が報告された4)。
我が国では、1994年の予防接種法改正により、生後12~90ヶ月未満児への風疹ワクチン定期予防接種が開始され、風疹患者報告数は大幅に減少したが、改正によって風疹予防接種の定期接種が行われていない「空白の世代(1979年から1987年生まれ・現在25歳~32歳)」が生じた。
2004年の風疹流行時、風疹患者報告数のうち10歳以上が占める割合の増加が認められ、妊婦の風疹罹患が懸念された。
その年に「風疹流行及び先天性風疹症候群の発症抑制に関する緊急提言」が出され、風疹予防接種の勧奨が提言された3)。

風疹罹患、または罹患の疑いのもたれた妊婦は、多くの不安をかかえることになり、これまで妊婦の風疹罹患(疑いも含む)に関連するものと推測される人工妊娠中絶が風疹流行の推移に伴って変動してきたのも事実である。
このような事態を回避するためには、妊娠後の産科周産期医の対応だけでなく、妊娠希望のある女性に対して、妊娠前の風疹抗体価検査、風疹予防接種が重要であり、生殖医療医にも対応が求められると考えられる。
しかし、妊娠を希望して来院した患者に、風疹抗体価検査、予防接種投与を行うと数ヶ月の避妊期間を要し4)、妊娠への不安焦りのある患者に伝え難いというのも事実である。
そこで今回、生殖医療専門施設がCRSの予防に対して、どのような対応をすることが望ましいかを検討する際、前提とすべき事実を確認するため、当院で不妊治療を行い、妊娠が成立した妊婦について風疹抗体価保有率を測定・分析した。

方法

2005年12月から2010年7月まで、当院で不妊治療を行い妊娠が成立した875名を対象とし、妊娠10週から12週に初期採血をし、風疹抗体価(HI、血球凝集抑制反応)を測定した。
抗体価256倍以上の症例に対しては、同じ血清にて風疹抗体IgG、IgMを追加測定した。
各群間の統計学的な比較はχ二乗検定で行った。
p<0.05をもって統計学的有意と判断した。

結果

初めに、風疹予防接種の空白の世代(1979年から1987年生まれ・現在25歳~32歳)とその他の世代について風疹抗体価保有率を分析した。
「空白の世代」で風疹抗体価8倍未満は3.5%(3/86)、抗体価16倍以下は16.3%(14/86)であった。
再感染でもCRSを発症する可能性のある16倍以下を低抗体価とすると、抗体価が低い症例の割合は19.8%(17/86)であった。
その他の世代(33歳~)で風疹抗体価8倍未満は7.9%(62/789)、抗体価16倍以下は20.3%(160/789)で風疹抗体価が低い割合は28.1%(222/789)であった(表1)。
「空白の世代」と「その他の世代」の風疹抗体価が低抗体価の割合は両群では有意差はないものの、風疹ワクチンの定期接種を行っている「その他の世代」の方が抗体価保有率は低い傾向にあった。
一方風疹抗体価256倍以上は、空白の世代で40.7%(35/86)、その他の世代で5.7%(45/789)であり、2群間に有意差(p<0.001)を認めた。

次に、対象患者を卵巣機能の低下が始まるとされる35歳以上と35歳未満のグループに分けて、それぞれの測定結果の分布を比較した。
35歳未満で風疹抗体価8倍未満は6.1%(33/541)、抗体価16倍以下は18.3%(99/541)で抗体価が低い症例の割合は24.4%(132/541)であった。
35歳以上で風疹抗体価8倍未満は9.6%(32/334)、抗体価16倍以下は22.5%(75/334)で風疹抗体価が低い症例の割合は32.0%(107/334)であった(表2)。
生殖医療施設を訪れる患者層と考えられる35歳以上が35歳未満より抗体価保有率が低く、2群間で有意差(p=0.014)を認めた。
全体では27.3%(239/875)に抗体価保有率が低いという結果となった。
一方抗体価256倍以上の症例は、35歳未満で8.7%(47/541)、35歳以上で9.9%(33/334)で、両群間に差を認めなかった。
抗体価256倍以上の症例はすべての症例で風疹抗体IgMは陰性であった。

考察

本邦において風疹は、6-10年の間隔で周期的に流行し、流行が始まると3年が1クールになることが知られている6)。
1994年に日本予防接種法が改正され、以前は中学生女子のみ定期接種が行われていたが、1歳~7歳半の男女が定期接種の対象となった。
当時7歳半以上13歳未満の男女(1979年から1987年生まれ・現在25歳~32歳)が任意接種となり接種率が低下し、風疹予防接種の「空白の世代」と呼ばれるようになった。
その世代が現在、妊娠適齢期を迎えつつある。
風疹抗体価検査は、周産期医療の一環として妊娠初期に抗体価測定を行い、抗体価8倍未満と16倍以下の低値の妊婦に対して、人ごみを避ける・同居者の予防接種を勧めるといった生活指導と産褥期の予防接種を勧めている3)。
抗体測定歴やワクチン接種歴があっても再感染によるCRSは稀に報告されている7)。
CRSの予防のために、風疹抗体価低値の女性は妊娠前に予防接種をするのが重要である。

一方で、当院で妊娠成立した妊婦の初期採血時の風疹抗体価が低い割合は27%であった。
抗体価が低い割合は、「空白の世代」で19.8%、「その他の世代」で28.1%であった。
予測に反して、予防接種の定期接種を行っている世代の方が抗体価保有率は低いという結果になった。
不妊患者の多くを占める35歳以上では、抗体価が低い割合は32.0%であり、更に割合が増加した。
成育医療センターにおける2004年9月から2008年3月までの4,875例の妊産婦における抗体価検査では16倍以下は16.1%であり8)、当院における調査よりも低抗体価率は低いものであった。
これは、予防接種歴があっても、抗体価は年次を経て減少していくため、年齢が高くなるほど抗体価が低い割合が増えたのではないかと推測される。
また、抗体価256倍以上は空白の世代で40.7%、その他の世代で5.7%であった。
これは空白の世代が、感染により高い抗体価を保持している、又は、妊娠初期の風疹感染予防の啓蒙活動に促されて妊娠適齢期に自発的に予防接種を行い、抗体価が減少することなく維持されているのではないかと考えられる。
今回の結果を踏まえ、不妊患者にも風疹感染について、そして検査・予防接種の意味についての情報を説明した上で、本人に検査や予防接種を受けるか否かを判断してもらう必要があると思われる。
今後、政策として妊娠適齢期早期に風疹予防接種を勧めていくことも重要であると考えられる。

当院では、上記の結果から、半年前よりパンフレットを作成、配布を行っている。
新規患者の1/3が抗体価検査を受け、抗体価が低いと診断された人の5割が予防接種を希望接種している。

当院で妊娠成立した妊婦の27%が抗体価不十分という結果は、不妊患者だけでなく妊娠適齢期にある女性全体(特に高齢妊娠)への問題提議になると思われる。
今回風疹抗体価が256倍以上で追加測定を行った症例ではIgM陽性例はなかったが、妊娠初期の抗体価検査で感染時期の確定が難しい症例や、胎児への風疹感染の確定診断が困難な場合があり、その時に受ける妊婦の不安は想像するに余りある。
特に長く辛い不妊治療により妊娠が成立した妊婦が風疹感染疑いで悩むようなことがあれば、引き継ぐ周産期医は元の主治医である生殖医療医に対して抱くであろう気持ちは想像に難くない。
風疹感染疑いで人工妊娠中絶を選択するような症例がなくなるように、妊娠成立前の抗体価測定と予防接種の情報提供の意義はあるものと考えられる。

引用文献

1)庄田亜紀子・岡崎隆行・高山直秀・稲葉憲之・加藤達夫:妊娠可能年齢の女性における風疹HI抗体価.
Progress in Medicine. ,26(9):2273-2275, 2006.

2)Ghidini, A., Lynch, L.: Prenatal diagnosis and significant of fetal infection. West J. Med., 159:336-373,1993.

3)厚生労働科学研究費補助金振興・再興感染症研究事業分担研究班:風疹流行および先天性風疹症候群の発症抑制に関する緊急提言「風疹流行にともなう母子感染の予防対策構築に関する研究」2004

4)吉岡奈々子・寺田さなえ・羽原俊宏・林伸旨:挙児希望女性と風疹抗体.受精着床誌,27(1):357-361,2010.

5) Rubella vaccination. ACOG committee opinion, No. 281 December 2002.

6) Hirosawa, H., Nakamura, Y., Watanabe, N., Yoneyama, K., Date R.: The results of an investigation on the prevalence rate of rubella antibody, history of rubella infection and of vaccination in pregnant women. Kansenshogaku Zasshi., 62(7): 652-656,1988.

7)Bullens, D., Smets,K., Vanhaesebrouck,P.: Congenital rubella syndrome after maternal re-infection. Clin. Pediatr., 39:113-116,2000.

8)北川道弘・左合治彦・久保隆彦・渡辺典芳:国立成育医療センター 産科実践ガイド,pp2-5, 診断と治療社,2009.

[英文] 表題

Titer of Serum Rubella Antibody in Pregnant Women Conceiving at an Infertility Clinic.

[英文] 要約

"The blank generation of the rubella vaccination in Japan”(born in 1979 ~ 87) may give rise to vulnerability to congenital rubella syndrome (CRS) when they become pregnant. Not only obstetricians but also fertility specialists are expected to be engaged in preventive measures.
We confirmed some facts to start discussion about the prevention of CRS in fertility clinics. We surveyed the rubella antibody titer of pregnant women who conceived by fertility treatments at our infertility clinic from 2005 to 2010. Eight hundred seventy-five women were involved in this survey. We assayed the serum rubella antibody titer by the hemagglutination inhibition test (HI) at 10-12 weeks of gestation. Two hundred thirty-nine cases (27%) showed significantly low (16 times or less) antibody values. The percentage with low antibody titer among “the blank generation” (19.8%: 17/86) was lower than that of the other generations (28.1%: 222/789), while women over 35 years of age showed a significantly higher percentage with low antibody titer (32.0%: 107/334) than the rest (24.3%: 132/541).

These results reveal that low antibody titer is an issue for infertile women over the age of 35 rather than “the blank generation”. To conclude, we should widen the channels for providing information on rubella infection to all infertile women.

風疹抗体価(HI)
/ 年齢
空白の世代
(25歳~32歳)
その他の世代
(33歳~)
抗体価
8倍未満
3.5%
(3/86)
7.9%
(62/789)
抗体価
16倍以下
16.3%
(14/86)
20.3%
(160/789)
合計 19.8%
(17/86) a
28.1%
(222/789) b
抗体価
256倍以上
40.7%
(35/86) c
5.7%
(45/789) d

a v.s. b: p=0.098, c v.s. d: p < 0.001

表1 当院で妊娠成立した「空白の世代(1979~87年生)」と「その他の世代(~1978年生)」の妊婦の妊娠初期における風疹抗体価

年齢 /
風疹抗体価(HI)
8倍未満 16倍以下 256倍以上
35歳未満 6.1%
(33/541)
18.3%
(99/541)
8.7%
(47/541)
(小計) 24.4%
(132/541) a
35歳以上 9.6%
(32/334)
22.5%
(75/334)
9.9%
(33/334)
(小計) 32.0%
(107/334) b
全体 7.4%
(65/875)
19.9%
(174/875)
9.1%
(80/875)
(上記の合計) 27.3%
(239/875)

a v.s. b: p=0.014

表2 当院で妊娠成立した35歳未満と35歳以上の妊婦の妊娠初期における風疹抗体価

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